挑んでいるのは光輝き続ける事|貴金属リサイクル事業|福翊株式会社

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スタッフブログ

愛は克つ

皆さま ブォナセーラ o(^u^)o

本日「9月18日」は、わが国にとりまして歴史的な記念日なんです。

さて、一体何の記念日なんでしょう ⁇

皆さまは、その昔「安藤百福」という偉人がいらした事をご存知ですか?

実は、私は知りませんでした (°_°)

が、数年前に「Dr.メーラン」である弊社々長より「安藤百福翁」の逸話をお聴かせ頂き知るに至りました。

当時は「偉人の生き様」と「社長の知識の豊富さに 」‼︎

「へぇ〜 ( ˊ̱˂˃ˋ̱ )」

と感心した次第でした。

さて、前置きが長くなりましたが、1971年の今日は…。

‼︎「カップヌードルが発売された日」‼︎

なんです。

発案者は、当時の日清の社長であり「チキンラーメン」の生みの親である「安藤百福さん」。

彼は「紙コップで食べられるラーメン」を基本コンセプトに開発を進めたそうです。

このアイデアは、1966年(昭和41年)に「ある出来事」をきっかけに生まれました。

それは「チキンラーメン」の国外進出を目指し、アメリカ人バイヤーに売り込んだ際の事….。

たまたま手近に箸や丼が無かった彼らは、砕いたチキンラーメンを紙コップに入れ、熱湯を注いでフォークで食べたんだそうです。

いかにもアメリカ人がやりそうな事ですね〜。

これを「百福さん」が見逃さなかったんですね。さすがです。

この話題に関連するユニークな記事を見つけました。

タイトルは「カップヌードルの容器、なぜ縦型なの?」。

以下「excite.ニュース」(田幸和歌子)さんの記事からの転載です。

様々な形状の容器で、様々な味の商品が存在するカップめん。

今ではどんぶり型や皿型などバリエーション豊かな容器形状があるなか、縦型容器を守り続けているのが、1971年に誕生した世界初のカップめん「カップヌードル」。

そもそもなぜ当初、縦型で発売したのだろうか。日清食品の広報担当者に聞いてみた。

「当社が世界初のインスタントめん、チキンラーメンを発売してから10年が過ぎたころ、国内の袋めん市場は飽和状態となり、創業者の安藤百福は世界にインスタントラーメンを広めるために視察に行くことにしたんです。でも、アメリカのスーパーのバイヤーにチキンラーメンを食べてもらおうとしたとき、日本では当たり前にあるどんぶりとお箸がない。そこで、バイヤーがその場で紙コップとフォークを持って来て食べ始めて、それがヒントになったそうです」。

安藤百福氏はそれまで「おいしさに国境はない」と思っていたが、それを見て「越えなければいけない食習慣の壁」に気付いたという。

「そこで、カップに入った商品を作ろうと考え、日本に戻ってから、容器の素材や形状を検討しました。素材では、陶器や金属、紙など、試行錯誤するなかで、当時はまだ魚のトロ箱くらいしか使われていなかった発泡スチロールの『軽くて断熱性も良い』という特徴に目をつけ、アメリカから技術を導入することに。また、形状は、家の中でしか食べられなかったインスタントめんを、いつでもどこでも食べられるように、『片手で持てる』あの縦型容器にしたんですよ」。

「カップヌードル」からスタートしたカップめんだが、当初は各社から、同じような縦型容器の商品が多数発売されていたそうだ。
「その後、各社からカップに入ったうどんや焼そばが登場するなかで、もう一度マーケティングをした結果、『うどんは、どんぶりで食べるもの』『焼そばはお皿で食べるもの』という本来の“食べ方のシチュエーション”に着目し、『容器』を切り口にした商品を発売することにしたんです」。

これが、1976年に誕生した「日清のどん兵衛」と「日清焼そばU.F.O.」である。
その後、この「どんぶり型」「皿型」などをはじめ、様々な形状の容器が登場することとなる。

では、なぜカップヌードルは縦型を守り抜いたのだろうか。

「縦型以外の容器の商品も、さらにカップめんだけでなく、インスタントめん全部を含めても、常に一番売れているのが『カップヌードル』だからです。発売から40年経つブランドであり、非常に多くのお客様に愛されています。これはつまりカップヌードルが弊社のブランドというだけでなく、お客様のブランドでもあり、お客様の生活に密着した存在になっているということ。お湯を入れるだけで、ワンタッチで食べたいというニーズが確実にあるため、それを変えることはできないのです」。

味、形状ともに様々なバリエーションが生まれるなかでも、やっぱり帰る場所は、この「カップヌードル」ということなのかも。
(田幸和歌子)

いかがでしたでしょう?

パイオニアでありながら、トップを走り続ける「カップヌードル」。

まさに「神的な製品」ですね。

私はこの「神的製品」が偶然の産物だとは思いません。

当時、弊社々長が「安藤百福さん」の逸話を聴かせて下さった際の記憶なんですが …。

初発の製品である「チキンラーメン」は、戦後の食糧難に喘ぐ人々を何とか救済したいという「安藤百福さん」の「慈悲の心」から生まれたものであるとの事でした。

味方を変えれば「食糧難」という「ビジネスチャンス」を生かした「有能なビジネスマン」とも言えましょう。

しかし「商才」だけでは「歴史に名を残す発明」はできないのではないでしょうか?

ビジネスのみならず、全てにおいて「愛」が原動力でありたいものです。

私もそれを目指します。

2016年9月21日

覚悟の瞬間 福翊株式会社 田中多恵

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